猪子寿之。国境や業界を超えて注目を集めるウルトラテクノロジスト集団・チームラボの代表だ。猪子は東大在学中の2000年にチームラボを設立。エンジニア、プログラマ、数学者、建築家などのスペシャリストを集め、現在メンバーは400名を超える。サイエンス・アート・デジタルなどの境界を曖昧にし、誰も見たことも触れたこともない常識外れの創造で、新しい価値を生み出す。その仕事は国内外で高く評価されている。そんなチームラボを率いる猪子は、何を考え、何を原動力に、世界へ飛び出しているのか−−。

「人間とは何か」を知りたいという好奇心

「昔から『人間とは何か』にすごい興味があるね。みんな、『人間はこうだ』と思い込んでるじゃん。僕はあらゆることに対してみんなが思い込んでいる人間はウソだと思ってるのね。いまの社会はみんなが『人間とはこういうものだ』と思い込んでいることで成り立っているのかもしれない」

それは例えば結婚。「人間とは結婚したら幸せだ」と多くの人が思い込んでいるからこそ、役所に婚姻届けを提出し「結婚」が成立することにも違和感を覚えないのかもしれない。猪子はそんな世間一般の“常識”をいつも疑っている。

「2人が愛し合うことに、第三者、つまり政府が介入するということは、直感的に不思議な行為だよね。僕はAさんが好きで、Aさんも僕が好きで、2人が幸せっていうのは、すごく人間として普通のことじゃん。でもその2人の間に、自分たちが知らない、影響を与えることもできない、顔が見えない、絶対的な政府が介入することはすごく特殊なことだと思うわけ。

就活だって、みんな自分のやりたいこととかじゃなくて、世の中の基準で評価されている一流企業を目指すでしょ。仕事でも、自分の味方とかじゃなくて、会社の名前で付き合ったりするじゃん。

結婚したら幸せ、一流企業に就職したらかっこいいとか、そういう共通の社会通念があって、みんな思い込んでいるだけなんだけど、自分がそこから外れたときに他人の目が気になったりするわけでしょ」

アート集団チームラボ代表 猪子寿之

結婚式をすること、一流と言われる大学や企業を目指すこと、facebookでいいね!を集めること……それらの行動には、知らず知らずのうちに築かれた社会通念が存在していると猪子はいう。

「なんだかんだ社会通念に犯されて、自分のエクスタシィのためではなくて、他人の目を気にして生きてしまっている人が案外多いんだと思うよ。僕は社会通念を疑っているし、人間としての理想像があるから、他人の目は関係ないね。自分たちの味方とだけ仕事をしているから、批判とかも気にならないし」

社会のモノサシではなく、自分のなかに明確な「人間の理想像」があるから、ぶれない。でも猪子は、社会通念の通りに生きている人をよくないと思ったことは一度もないし、否定するつもりもないという。自分の価値観を他人に押し付けるようなこともしたくない。だから、どんなに求められても自分の考え方やノウハウを1冊の書籍にまとめるといったこともしない。興味がないのだ。猪子個人の知的好奇心はただただ「本当の人間を知りたい」ということにある。

「人間とは何かを知りたいし、人間としての自分が、どういう社会であればハッピーでピースに生きていけるんだろう、ということに興味があるんだよね」

人間にアプローチすれば、自然と国境を超える

猪子個人の「人間への興味」はチームラボの仕事にも通じるものがある。チームラボのアート作品は海外での評価が高い。2011年にカイカイキキギャラリー台北で『生きる』展を開催。2012年には、フランス『LAVAL VIRTUAL』にて「世界はこんなにもやさしく、うつくしい」が建築・芸術・文化賞を受賞し、国立台湾美術館にて「We are the Future」展を開催した。2013年の「シンガポールビエンナーレ」に出展し、2014年にはNYのPace Galleryで個展を開催。2015年のミラノ万博日本館の展示制作を担当し、The best display prize(展示デザイン部門)の金賞を受賞した。

2015年 ミラノ万博日本館展示「HARMONY」

ここで紹介したものはごく一部であり、チームラボは中国、アメリカ、フランス、日本ほか世界中でアート作品を発表し、高い評価を得ている。では、チームラボの作品はなぜ国境を超えて受け入れられるのか?

「人間の本質を知ることができれば、社会通念も超越するわけだから、国境とかも関係なくなるよね。よく、グローバル展開にはローカルマーケティングが重要だ、国・地域ごとに変えていかなければいけない、とか偉そうなおじさんたちが言ってるけど、それは人間にアプローチしていないからで。人間のために作ったものは、言語とか、国ごとに違う文化とか社会通念とか関係なくなるから、自然と国とか地域も超えていきやすいよね。チームラボは人間にアプローチしたいと思ってて、僕らの味方になってくれる人と一緒にやりたいと思ってるのね。

べつに『みんなで世界へ行こう!』とか『チームラボ、グローバル展開の計画』とかがあるわけじゃないよ。僕も海外へ行きたいとかはべつにない。出張大変だし、飛行機も乗りたくないし。ジョナサンとウォシュレットが世界で一番好きだから(笑)、できれば東京にいたいもん。ただ自分たちの味方をしてくれる人とだけ生きていくことだけは決めていて、たまたまその味方が海外にもいたっていうだけ。自分たちの味方をしてくれる人、自分たちを好きになってくれる人、大好き」

世界を目指した結果というより、人間にアプローチしていたら世界に味方ができた。そうして国境を超えるのはアート作品だけではない。2015年、日本科学未来館で開催された「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」の来場者は約47万人を動員。それまで日本を巡っていた「チームラボアイランド -学ぶ!未来の遊園地-」はこの展示がきっかけとなり、今後世界中で展開されていくという。

「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」の様子

自分たちの味方をしてくれる人がいるのなら世界中どこへでも行く。自分たちがやりたいことをやれるのなら世界中どこでもいい。チームラボはそういうスタンスで、日本各地、そして世界へ飛び出していく。それにしてもなぜチームラボは世界に求められる作品を形にすることができるのか?

「世界がチームラボを呼んでくれるのは、僕らが世界に疎いからなんだよね。マーケティングとかしないし、海外で流行っているものとか時代の潮流とか知らない。例えば、アメリカでソーシャルゲームが流行っているから、日本に持ってこれば儲かるとか、そういう発想は一切ない。世界の動きを知らないだけなんだけど、結果、世界にあまりないようなものができて、世界に呼んでもらえるんだと思うよ」

世界に開かれているチームラボだが、チーム自体は「鎖国状態」だと猪子はいう。

「海外とか外部から積極的に情報を集めたりしないし、鎖国状態のほうが強いチームを作れると思うんだよ」

猪子が率いるチームラボは、最高のチームで「ヤバいもの」を作って、これからも世界中に自分たちの味方を作っていくのだろう。

<後編に続く>

取材・テキスト / 徳瑠里香
写真 / 高木孝一

チームラボ公式サイト
https://www.team-lab.net/

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