「エシカルジュエリー」からの脱皮、そして世界に羽ばたくジュエリーブランドとして新しい一歩を踏み出した「HASUNA」。あえてレッドオーシャンに向かって進んでいく彼女の姿勢には、凜とした美しさがある。一見、どんな壁があっても軽々と乗り越えてしまいそうに見える彼女だが、はじめから勇猛果敢な女性だったわけではない。その感受性の強さゆえに、「感情」との向き合い方にも人一番考えを巡らせてきた。後編では、HASUNAを率いる白木夏子の葛藤と、彼女が見据えている未来に迫る。
言葉を使わず、ロマンを伝える
「いまの私の原動力となっているのは、完璧なものづくりをして美しいものを生み出したいという思いです」
ものづくりにおいてはひとつも妥協したくない、と白木は強く言う。素材選びからデザイン、つくり、見え方——一貫して一点の曇りもないジュエリーをつくりたい、と。それは、社会貢献という色合いが強かったころのHASUNAを経た、いまの彼女だから到達した境地だ。
「自分の目指す『美しいもの』の形を考えるなかで、エシカルであることは当然のことだと気づかされました。年端のいかない子どもが危険な鉱山で採掘を行い、過酷な労働を強いられる。そんな環境で採れた宝石が、美しいものになるはずがないのだから。初めて見たインドの鉱山労働の現場での衝撃は、この違和感にこそあったのです。
美しいものの背景に、目を背けたくなるような事実があってはならない。つまり、エシカルであることは、目的ではない。妥協しないものづくりを実現するためには、必要不可欠の要素でした」
完璧なものづくりがしたいという思いの根底には、彼女の「美しいもの」へのこだわり、そして何より、ジュエリーへのリスペクトがある。いま、HASUNAは伊勢丹新宿本店、表参道本店、名古屋栄店、そしてオンラインブティックの4店舗を展開している。なかでも、新宿伊勢丹の1階にはおよそ60ものジュエリーブランドが立ち並び、それぞれ自慢のジュエリーが飾られている。金やダイヤモンド、宝石を眺めることが、幼い頃から好きだったという白木にとって、この空間は東京で最も好きな場所のひとつなのだという。
「ジュエリーに使われる石は、何億年も前から地球に眠っていたものです。長い時間をかけ、地殻変動のなかで熱や圧力を受け、いまの形になっていった。金だって宇宙から来たと言われていて、いずれにしても何億年、何十億年という時間と空間を越えて、いま私の手元に辿り着いているんです。掌に収まってしまうほど小さなものだけれど、考えるだけで、ロマンがあるでしょう?
ジュエリーは地球の一部であるということに思いを馳せると、自分のちっぽけさを思い知らされます。そして、生かされている意味は何か、ジュエリーを通じて考えさせられるのです。でもこのロマンの押しつけはしたくなくて。お客様にこんな世界観を無意識に、感覚的に受け取っていただけたら、なによりもうれしいと感じます。」
HASUNAは世界に愛されると決めた
力強く次の挑戦を語る白木だが、学生時代は内向きで大人しく、自分の意見をはっきり述べることもなかったと言う。彼女が大きく殻を破り、世界中の鉱山を飛び回るようになったきっかけは、ロンドン大学への留学だった。
「ロンドンでは、イギリス人がまるでマイノリティかのようでした。アフリカ、中南米、中東、アジア……。いろいろな国から来た、さまざまな人種の人がごった返している。そんなエネルギッシュな街に飛び込んだことが、いちばんのターニングポイントだったと思います」
異文化が混じり合ったロンドンという地で、お互いを尊重し、自分の人種や民族に誇りを持っている人たち。「異質なもの」をよしとしない環境にいた白木にとっては、強烈な経験だった。それが、白木の目を一層世界に向けさせたのかもしれない。
「国境を考えたくない。世界は80億人に向けて、日々人口を増やしています。日本は、そのうちの1億人。80分の1で勝負するか、80分の80に向けて勝負するかは、経営者としての楽しみも違います。私は、後者の『楽しみ』を味わいたいと思ったんです。なぜなら、国境を越えてたくさんの人と出会えるし、想像もしなかったような経験ができるに違いないから」
人口の増える見込みのない成熟社会を日本に先んじて迎えている欧米諸国の企業は、言語の壁が低いことの後押しもあり、最初からマーケットを世界に求めている。スウェーデンの家具メーカーIKEAや、同じくスウェーデンのファッションブランドH&Mを見れば、その戦略は一目瞭然だろう。国境を考えないから、世界中の人に自分たちの製品を届けることができる。愛される。彼らが実践する国境をリミットとしないビジネスのあり方を白木は、「理想的な姿だ」と言う。
「日本はまだ自国のマーケットが大きいし、そもそも島国だから世界を意識しづらい環境にあるかもしれない。でも、いまやこんなにネットが発達していて、少なくともウェブ上では国境を感じないでしょう。そんな世の中では、国境に縛られるのは時代遅れかな、と」
国境を越えて、世界に愛されるジュエリーブランドになる。そのゴールを達成するために、いまは何を見据えているのか?
「まず、日本文化の中でのジュエリーの在り方を模索すること。日本らしいジュエリーとはどんな姿なのか。現代の日本は欧米諸国と比較して、ジュエリーを纏う文化があまり浸透していないと言われていますが、実際は何千年も前から大切な儀式の際などの時は身を飾ってきました。近現代の日本文化の中にもそのエッセンスは必ずあるはず。日本人とジュエリーとの関係を改めて考え、その存在について本質を見つめること。これが現在地点です。」
自分の感情と徹底的に向き合いたい
8年目を迎えて変わったのは、HASUNAだけではない。白木自身、変化の年を迎えていた。
「いままでは、努めて負の感情を味わうことがないようにしていました。怒りとか悲しみといった感情を持つこと自体にも抵抗があったし、『安定していること』が正しいとずっと信じていて。」
一度彼女に会ったことがある人間なら、笑顔を絶やさず、何にも動じない、穏やかな女性という印象を持っているだろう。しかし、それはただ負の部分を見ることを避けていただけだ、と白木は言う。
「どんな感情でも受け止めて、味わい尽くして、「なぜこの気持ちになっているか」を考え、その答えを糧にさらに高みに上っていく。それが、人間に生まれてきた意味であり、人間としての成長なのではないかと思えるようになりました」
大人として、感情にムラができてしまうことを恐れてしまう人もいるだろう。しかし、そのリスクを背負ってでも、白木は「豊かな感受性と共に生きること」を選んだ。
「良い感情も負の感情も楽しんで味わいながら、人間として成長していきたい。泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり。仕事に没頭しているとそんな感情すらどこかへ置き去りにできてしまいますが、もっと人間的でありたい」
それに、感情を大事にしはじめてから動物的な勘も鋭くなってきた、と白木は笑う。その変化は、経営者としても影響しているのだろうか?
「HASUNAをはじめとする自分の仕事に関しても、より自分の感情が動くほうへ進んでいくようになりました。それまでは、『べき論』に囚われていたところもあったように思います。社会起業家たるもの、経営者たるもの、ジュエリーブランドたるもの……。でも、『こうあるべき』というルールに従うより、自分の感情に素直になるほうが経営ってうまくいくなぁ、と実感しています。楽しそうだと思ったらやってみる。ちょっとおかしいなと思ったら、立ち止まってみる。本能や流れ、直感に従うことで、正解が見えてくるような気がします」
やはり白木は穏やかで、強い。そして、しなやかだ。その内側にある感受性の塊は、これからより一層輝いていくだろう。
白木夏子は、立ち止まらない。常に内省し、臆することなく自分自身をバージョンアップしていく。そんな彼女の前進と呼応するように、手がける事業もしなやかに変化する。その事業のひとつであるHASUNAも「エシカルジュエリー」から日本から世界へと羽ばたく「ジュエリーブランド」に変化しているのかもしれない。「エシカルは、美しいものをつくり出す人間にとって、空気のようにそこに存在していること」——白木、そしてHASUNAの存在が、それを当たり前とする世の中をつくってくれるはずだ。
<終>
取材・テキスト / 田中裕子
写真 / 高木孝一
HASUNA|ジュエリーブランド
http://www.hasuna.co.jp/