ヒマラヤの大自然の恵みを受けて、ネパールの女性たちの自立支援を行うオーガニック化粧品ブランド「Lalitpur」。プロダクトの美しさや使い心地、誠実なものづくりへの姿勢が日本の女性たちのこころをとらえている。

代表の向田麻衣は、15歳の頃にネパールと出会い、女性たちの小さな声に耳を傾け、大学在学中にお化粧を施すことで女性たちの自尊心を回復する「Coffret Project」を開始。そして2013年5月、ネパールの身寄りのない女性たちに雇用を作るためLalitpurを立ち上げた。

創業から3年、Lalitpurは新たな一歩を踏み出した。新しく生まれた、石けんのかたちをした言葉と時間の贈り物「a massage is inside」。このプロダクトが生まれた背景、そしてこのプロダクトが物語る、向田の新しい挑戦と変わらない姿勢に迫る。

相手を思う“時間”をたのしむ、手紙のような石けん

あなたの愛する人を思い出してみて―。

最後に手紙を送ったのはいつですか?つい最近、それとも思い出せないくらいでしょうか。

封蝋印で閉じられた封筒のような箱を開けると、「a massage is inside」という言葉に包まれた小さな石けんが一つ。ネパール・ヒマラヤの大自然の恵みから産まれた泡立ちのよいソープのなかには、あなたが大切な人へ伝えたい“メッセージ”が込められている。

いつ届くかわからない。2週間後かもしれないし、1ヶ月後かもしれないし、1年後かもしれない。いつどこにいてもインスタントにメッセージを伝え合えるこの時代には珍しい、手紙よりもゆっくりした時間が流れるコミュニケーションのかたち。

2016年3月、Lalitpurから一つの新しい商品が生まれた。「Massage Soap, in time」—時が来れば。次第に。“in time”, この言葉に込められたのは、時の経過をたのしみ、毎日をゆったりと大切に過ごすための気持ち。メッセージを選ぶために相手を思う時間、渡してから気持ちが相手に届くまでの時間、そして相手からの返事を待つ時間……。このソープが届けるのはそんなあまやかな“時間の贈り物”だ。

「このソープはあまりにもナイーブで、世間知らずで、どこか頼りない。航海者が遭難の危機に臨んで、自分の名前を記した手紙を瓶に詰めて海に投げる“投壜通信”のように、届くかどうかもわからない頼りないもの。でも、遊び心があって、ロマンがある。私たちも手紙を書いて瓶に詰めて、社会という広い海にそっと投げるような気持ちでいます」

ソープのなかには、大切な人の力になりたい時や好きな人の声を聞きたい時……面と向かっては恥ずかしくてなかなか伝えられない言葉が封じ込まれている。

「何かあったら、いつでも電話してね。私は、ここにいます」

「あなたの声が好き、電話をまっています」

心も身体も裸になるバスルームでこんなメッセージと出会ったら、“小さな魔法”が起きるかもしれない。

「このプロダクトを通じて、みなさんにとって近しい人を大事にするという体験を増やすことができたらいいなあと思っています。Message Soapを贈ることは、あの人の誕生日が近かったなあとか、心を寄せているあの人に思い切って渡してみようとか、最近連絡をとっていなかったあの人に贈ってみようとか……自分にとって大事な人のことを思い出すきっかけになるんじゃないかと思っています。

私自身も母親の誕生日に贈ったり、普段あまり会う機会のない弟のことを思い出したり、あの人に会いたい、あの人にも渡したい……と誰かを想う時間が増えました。Message Soapを渡す相手のことを考えていたら、手紙が書きたくなって、万年筆と便箋を買ったり、日常のふるまいも変わってきました」

仕事などの利害関係ではない、素直に大切だと感じる相手のことを思い出す。どこか慌ただしい日々のなかではなかなか難しいことかもしれない。Message Soap, in timeはそんなゆったりとした余白のある時間を与えてくれる。

信頼できる仲間たちと、健やかで純度の高いものづくりをする

Message Soap, in timeは向田が、大学時代からの友人でもあるtakram design engineeringの渡邉康太郎氏に声をかけたところから始まった。

「Lalitpurの商品の背景を知って、贈り物にしてくれる人が多いんです。結婚式の引き出物として採用してくれたり、お誕生日にお友だちに贈ってくれたり。康太郎くんは贈り物の天才だから、彼に『Lalitpurの贈り物のシリーズを一緒に作りたい』と相談したんです。そしたら康太郎くんが“贈ること”の本質を深く掘り下げてくれて、そこから贈り物をする時に介在する圧縮された“時間”に行き着きました」

Lalitpur代表 向田麻衣

takramはデザイナーとエンジニア両者の能力を併せ持つ「デザインエンジニア」というプロフェッショナルが集まるものづくり企業。渡邉氏はこれまで「ものがたりとものづくりの両立」をテーマにさまざまなサービス企画立案や企業ブランディングなどを手がけてきた。Message Soap, in timeにはブランドの軸となる“ネパール”が強く打ち出されているわけではない。このプロダクトの背景には“身近な大切な一人を思う”という贈り物にまつわるものがたりがある。

「誰かのことを思って贈り物をするということは、たった一人のための行為なんだけれど、その人が喜べば、きっとその波紋は広がっていく。私も誰かに贈り物をしてもらったら、他の誰かに自然と何かを贈りたくなるから。それは私の仕事も同じで、私自身がネパールでできることは限られているけれど、その小さな行為が波紋のように広がっていくと思っているんです」

自分の身近な人へ贈るためのMessage Soap, in timeが紡ぐものがたりが、一見何ら関係のないように思えるネパールへとつながる。マッチョな資本主義のなかでは少し“頼りない”かもしれない。けれど、自分以外の誰かのことを思うやさしさや温もりがある。

「渡邉くん率いるtakramのチームは、私たちの思いを洗練して見事にかたちにしてくれました。彼らはものすごく優秀で、他にも大きな企画も抱えているのに、本当にたくさんの時間を使ってくれて。ビジネスの枠を超えて刺激し合えるいい関係です。

ソープのなかには現在は7種類の言葉が込められているのですが、自分たちで贈りたい言葉を一つひとつ考えたんです。親しい人たちに贈る言葉ということで、はじめはなんだか照れくさかった。世の中に受け入れてもらえるのか不安もありました。でもチームのみんなはひるまなくて、情熱を持って、健やかに純度の高いものづくりができました」

10年来の親友である2人の信頼関係と共感し合える価値観、そこに集まる仲間。ビジネスの垣根を飛び越えた純粋なものづくりが人の温もりを感じるこのソープをこの世に生み出した。

「渡邉くんからこのアイデアをもらった時、私のなかには小さな確信のようなものがありました。自分たちが心からいいと思っていて、欲しい、贈りたい、と思えるものだから。」

自然のなかに人が生きている美しい国・ネパール

Lalitpurのプロダクトは、ヒマラヤ原産のワイルドハーブや岩塩、ミツロウなどナチュラルな原料を使ってネパールで作られている。そのものづくりの過程には、教育を受けることができなかった女性たち10名、シェルターで暮らす身寄りのない少女たち25名が関わっている。

向田がネパールと出会ったのは15歳の時。きっかけは高校で聞いた、ネパールの女性の識字教育行うNGOの代表・高津亮平氏の講演だった。登壇するなり高津氏は、コン、コン、コン……と規則的に机を叩きながら、唐突に話を始めた。

「3秒に1回鳴らしています。ネパールでは5歳に満たない子どもたちが、3秒に一人亡くなっています。僕の講演が終わるまでに何回この音が鳴るでしょう」

豊かな感受性でその瞬間をとらえた向田は、講演終了後に校長室へ駆け込み、高津氏にネパールへ行くことを約束した。嘘も理由もない純粋な衝動が向田とネパールをつないだ。

アルバイトをしてお金を貯めて、17歳で実際にネパールへ渡った向田。その心をとらえたのは、講演で知った“遠い国の貧しい子どもたち”ではなかった。色鮮やかな街並みと豊かな自然、穏やかで純粋な人たちの笑顔とやさしさ、そのすべてに惹き付けられた。“遠くの貧しい国”が“自分にとって身近な大切な場所”に変わった瞬間だった。

その10年後、向田は再びネパールを訪れ、お化粧の体験を通じて女性たちの自尊心を引き出す「Coffret Project」を始めた。近隣諸国含め、のべ1500人を超える女性たちの肌にやさしく触れてきた向田。目の前にいる、貧困や女性蔑視、人身売買などによって傷ついた彼女たちの役に立ちたい、喜ぶ顔が見たい、ただその一心だった。その延長線上に彼女たちに雇用を作るためにLalitpurが生まれ、現在も向田は日本とネパールを行き来する。

ネパールにて

「私は高校生の頃にたまたま出会ったネパールが自分にとって大切な場所になりました。ネパールじゃなくてもよかったんだけれど、ネパールだからできたことがすごくあります。

ネパールの魅力はやっぱり人と自然。ネパール人は穏やかでやさしい人たちが多いんです。村へ行くと電気がないから、村人たちは太陽と共に生活をしていて。太陽が昇る朝4時から掃除を始めて、子どもたちは朝6時に学校へ行く。眠るときも真っ暗なので、自分だけが宇宙にふわふわ浮いているような不思議な感覚のなかでぐっすり。草木の揺れる音や鳥や虫の鳴き声が聞こえてきて、日常のなかで自然を感じるんです。太陽と共に生活をして、自然の中に人間が生きている。

経済的には貧しい国だけれど、ネパールの人たちの穏やかな表情とか家族が寄り添って生きている姿、みんなで囲む焚き火や暗闇に差し込む光……そういう景色を見ていると、心がしずまるような感覚になるんです。人はどんなふうにも生きていけるけれど、こんなふうに生きていけるんだなあって。私自身も日本にいる時よりもどっしり構えて、リラックスできますね。

日本に加えてネパールという拠点が出来たことで大切なことに気づいたり、見える景色が変わったり、いつどこにいてもすっと静かに自分を取り戻せる。日本とネパールを行ったり来たりするのが私にとってはちょうどいいんです」

ネパールの人たちから教えてもらうことも多いという向田。彼女にとってネパールは、“逃避する場所”でもなく、何かを“やってあげる”対象でもなく、日常の延長線上にある、身近な人たちが暮らす大切な場所なのだ。

目の前にいるたったひとりの「あなたのために」

例えばMessage Soap, in timeを届けたい、自分にとって身近で大切な「あなた」。その存在は向田にとって、家族や友人、ネパールで暮らす女の子たちも変わらない。

「15歳の頃に初めて行ったネパールの役に立ちたい、出会った女の子たちに幸せになってほしい、という思いから始まっているけれど、私にとって、彼女たちは決して“遠い貧しい国の女の子”ではなくて、“身近なかわいい友人”なんです。私は社会を変えたいとか大層な志があるわけではなく、ただ自分の身近にいる人の役に立ちたいと思ってやっているだけ。自分の家族や友人を大事にしたいと思う気持ちと変わらないんです」

Lalitpurはネパールのシェルターで暮らす女性たちの雇用をつくるために生まれたブランドであるけれど、向田に“社会貢献”といった気負いは一切ない。“社会を変えたい”と声高に叫ぶこともなく、労働を搾取しないのは当たり前のことで、自然に誠実なものづくりを淡々とする。ただ目の前の「あなた」の役に立ちたい、喜んでもらいたいから。初めてネパールを訪れた時から、向田のその姿勢は変わらない。

「Lalitpurの前身であるCoffret Projectでもお化粧を通じてひとりの顔に触れていました。私はずっと目の前にいるたったひとりの『あなたのため』の行為を重ねてきただけ。それはある種の弱さやあきらめかもしれないけれど、そこからしか始められないと思う」

<後編に続く>

取材・テキスト / 徳瑠里香
写真 / 小林 鉄斉

Lalitpur(ラリトプール)公式サイト
http://lalitpur.jp

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