前編を読む

家族や友人、ネパールの女の子たち……自分の身近にいる「あなたのため」の行為を重ねてきただけだというLalitpurの向田麻衣。ものづくりにおける経済合理性を考えることやビジネスを回していくことに苦手意識があったという彼女はいま、「ビジネスが本当にたのしい!」と目を輝かせる。その過程には向田を理解し、導いてくれる先輩経営者や友人たちの存在があった。向田の葛藤と新たな決意、これから描こうとしている未来を探る。

ビジネスもある種のアートワーク

「世界は美しくて、人は温かく善意に溢れていて、ビジネスは面白い」

透き通った声でそう語る向田は、ビジネスをアートワークに近い感覚で捉えているという。そこに至までには葛藤もあった。純粋な表現をするアートと経済合理性が求められるビジネス。その2つの世界の狭間で、軸足をどこに置けばいいのか。さまざまな芸術家や経営者と出会い、言葉を交わすうちに、その葛藤は溶けていった。経済を回すことがクリエイティブな作業でひとつの表現のかたちだと気づいたのだ。その過程では、「お金」に対する考え方も変わったという。

「ビジネスもある種のアートワークと捉えると、値段はひとつの詩のようなもの。もちろん原価など考えなければいけないこともあるけれど、私たちはネパールで雇用をつくり誠実なものづくりをするという意味でも、数字が雄弁に何かを語ることもあります。

お金はエネルギーで、その本質は流れなのだと思う。そこにあるだけでは価値がないけれど、どこにお金を流していくかで、自分自身や周りの人を幸せにすることができるから。

手が込んでいるものが必ずしも良いものだとは思わないけれど、魂を込めて丁寧に作られたものに対価を払い手にすることはすごく心地の良いこと。私がいつもつけているSIRI SIRIのジュエリーは、Lalitpurのパッケージデザインをしてくれた友人の岡本菜穂さんがデザインし、日本の職人さんたちがひとつひとつ手づくりをしています。4年前くらいに買ったんですが、お気に入りでほぼ毎日つけています。

誰かわからない遠くの人ではなく、顔の見える大好きな人がつくった、お気に入りのもの。たくさんは必要なくて、そういう大事なものがひとつあるだけで心が満たされる。私たちのプロダクトも誰かにとっての大事なひとつになれたらうれしいです」

Lalitpurの商品に使われているワイルドハーブや岩塩などのナチュラルな原料。たとえばFacial Soapに配合されるヤクミルクは、ヒマラヤの標高3000メートルを超える場所に暮らすファーマーたちによって届けられる。生産者を訪ねるために向田は、爆音で激しく揺れるバスに9時間、時に大粒の雨に打たれながらの8時間の登山というハードな旅も経験した。ものづくりの過程、そのストーリーを体験したからこそ、わかることがある。

「ヒマラヤ山脈からカトマンズへ原材料が届き、こうして石けんのかたちとなり日本に商品が届いていることは奇跡のように感じます」

「これまで自分が大切に抱え持っていた種を純度が高い状態で表現すると、お金や手間がかかっても、納得がいくいいものをつくれば、喜んでもらえるし、その分の対価を払ってもらえる。私たちのビジネスが大きくなって、ネパールの女の子たちに還元できるものが増えて、彼女たちの人生がより豊かになった、本当にいい経済の循環だと思う。やっぱり誰かの役に立てることや喜んでもらえることが一番たのしくて、幸せなことだから」

事業を通じて、感謝や愛を表現する

向田が思い込んでいたビジネスの常識を覆し、凝り固まっていたイメージを溶かしてくれたのは、一人の先輩経営者の存在だった。向田がLalitpurの前身であるCoffret Projectを始めた頃、講演会で子どものように目を輝かせてビジネスの面白さを語る姿に釘付けになった。7年前に知り合い、ちょうど1年前の4月にはじめて出資についての話を切り出した。

「はじめはビジネスとはこういうものだという思い込みがあったから、3年分の事業計画として、エクセルに数字を並べてみたり、エグジットやIPOしないにしてもどこまで拡大するかを説明できるようにしたり、既存の型に自分たちの事業をはめ込んで考えていました。

一度そういう資料を作ってお見せした時に『あなたは、この仕事を通じて、世界に心を開いて、愛や感謝を伝えることをしたいんでしょう?その気持ちをそのまま事業計画に反映してほしい』と言われたんです。その瞬間、ガラガラガラとビジネスの常識が崩れ落ちて、目が覚めました。そこから手書きで色とりどりの絵の具をつかって、絵を描くように事業計画を書いたんです。その作業がとてもわくわくしたし、たのしくて、見える世界が変わりました」


世界に心を開いて、愛や感謝を伝える―。向田が無意識的にやってきたこと、やろうとしていること、やるべきことがシンプルに重なり、生きることと仕事をすることが直結した。

「先輩方にサポートしていただいたり、お客様に商品を買っていただいたり、この感謝の気持ちを私たちはネパールにつなげていきたい。ビジネスを拡大させて、ネパールにもっと雇用を生み出していきたい。それが一番の恩返しになると思うから」

“透明な筒”になって、遠く離れたネパールを身近なものに

「Lalitpurを立ち上げた時に、やりたいことが3つありました。一つはネパールの女の子たちが誇りを持って自信を取り戻せるような仕事を創ること。もう一つは、“聖なる山”と言われるヒマラヤの大自然の恵みを受けてオーガニックなものを作ること。そして3つ目は、世界中の芸術家たちにネパールに目を向けてもらい、一緒にものづくりをすること。

プロダクトデザインをお願いしたSIRI SIRIのジュエリーデザイナーの岡本菜穂さんは、私と仕事をしなければ一生ネパールに来ることはなかったと言っていて。彼女とネパールを旅すると、私が見慣れたものに美しさを感じていてすごく新鮮でした。彼女のようなデザイナーの視点でみることで、ネパールの美しいものたちが正当に評価されることもあるかもしれない。そうやって、いろんな分野で活躍する芸術家や友人たちをネパールに連れていって、いろんなインスピレーションをかき立てられたらうれしいし、一緒にものづくりをしていきたい」

実際に向田は最近も友人である映画監督の中川龍太郎氏と写真家の阿部裕介氏とネパールを旅したばかりだ。向田の友人や一緒に仕事をする人、Lalitpurの商品を使う人……ネパールと接点を持たない人々が向田を通じてネパールを知り、それが身近な存在になっていく。

「ネパールは“自分とは関係がなかった場所”というもののひとつのメタファーでもあるんです。遠くに存在していて自分とは関係がないと思っていたものでも、出会ってしまえば、物理的な距離が遠くても近さや親しみを感じることもできると思うから」

自分自身は“透明な筒”になって、ネパールで見たもの感じたことを、ものづくりを通して表現をし、人々に届けていきたいという向田。彼女は、いわゆる“経営者”よりも“表現者”に近いように思う。実際にまわりに集まる友人たちも、音楽家や小説家、映画監督など表現をする者が多い。向田自身も顔の見える彼らから影響を受ける一方、彼らのインスピレーションになることもある。それは“ネパールだから”ではなく“向田麻衣だから”。向田のビジネスやものづくりに対する姿勢が関わる人の琴線に触れる。

「Message Soap, in timeのクリエイティブデザインを手がけてくれたtakramのチームも、経済合理性を考えれば、私たちの仕事は彼らにとっては小さな案件でしかないけれど、本当にたくさんの時間と情熱を傾けてくれた。友人でもある渡邉康太郎くんにギフトの相談をした時は、贈り物用の箱のようなものができたらいいなあくらいに思っていたけれど、彼は“贈ること”について深く考えてくれて、他のメンバーにもアイデアを募ってくれて、自然とチームができてこのプロダクトが生まれた。なんでそこまで?と思うくらいコミットしてくれて。ある時、康太郎くんが『麻衣ちゃんとのこの仕事は僕にとってリハビリのようなものでもあるよ』と言ってくれて、彼が純粋にものづくりを楽しんでくれていることがうれしかった」

マッチョな資本主義経済のなかでも、自分に素直に凛として佇む。向田に接すると自然と心が開いて、インスピレーションが湧いたり、清らかさが引き出されたりするように思う。そしてそれはプロダクトにも反映される。無邪気だけど繊細で、愛に溢れていて、どこか少し頼りない。だから、寄り添いたくなる。Lalitpurから新しく生まれたあまやかな“時間”を刻む「Message Soap, in time」は向田の姿にも重なる。

「今まで私たちの商品を使ってくれていた音楽家の友人がMessage Soapを見たときに『ちっちゃい麻衣ちゃんみたいだね』と言って、曲を作ってくれたんです。誰かのインスピレーションになれたことがうれしい」

ビジネスを通じて、ものがたりを描く

向田にとってはコスメも一つの表現の手段だ。実際にMessage Soap, in timeは相手に思いを伝える手紙のようなメディアでもある。そうなるとLalitpurも一言で“コスメブランド”とも呼びにくくなる。

「たぶん自分たちが何屋なのかわからなくなると思う。私を遠くから見た人はわけがわからないと思うかもしれない。それでもいい。わかりやすい“意味”の世界から解放されたものにこそ本当の価値があると思うから。ただ私はこれからも“あなたのため”の行為を重ねていくだけ」


向田が純粋に重ねる“目の前にいるあなたのため”の行為が、共感の輪を広げて人を動かし、経済を循環させる。その輪はまだ小さいかもしれない。けれど、仕事をすることと生きることが直結したいま、向田が蒔いた小さな種は波紋のように広がり、育っていくのだろう。

実は向田の著書『“美しい瞬間”を生きる』の編集を担当した筆者も、向田のその可能性に魅せられたひとりでもある。そして今年の春からLalitpurで向田と一緒に働くことを決めた。ビジネスをアートワークとして、まっ白なキャンバスに絵を描く。ものづくりをすることで、ものがたりを紡ぐ。私は編集者として、ビジネスを通じて向田が描くそのものがたりを見たいし、彼女に寄り添い、それらを世に生み出すお手伝いをしたいと思っている。そして、その姿をこの記事を読んでくれた“あなた”に目撃してほしい。


<終>

取材・テキスト / 徳瑠里香
写真 / 小林鉄斉


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