「今日は七夕です。今夜、7時7分頃から、無数の流れ星が東京の夜空を彩ります。東京都23区を中心に、半径100キロメートル以内の方にご覧いただけます。みなさま、今夜は織姫、彦星とともに星降る夜空でお会いしましょう。また、流れ星は本日から1週間、毎日同じ時間に降り注ぎます。それも毎日、色や流れ方が変わります。そんな『スカイキャンバス・ウィーク』の期間に合わせ、さまざまなアーティストが各地の会場でイベントを企画しています。ぜひ、この新しい夏の風物詩に、仕事帰りにお子さんを連れて、参加してみてくださいね。最後に流れ星が見える空の方向ですが、東京都23区にお住まいの皆様は直上を御覧ください。茨城県・栃木県・群馬県中部以北にお住まいの方は南の空を。山梨県西部、長野県以西にお住まいの方は…」

――近未来の東京では七夕の日、天気予報の最後にこんなアナウンスが流れるかもしれない。

東京を中心とした関東圏で暮らす3000万人もの人々が、一斉に夜空を見上げ、心をひとつにする。それが、この先何百年も続くエンターテインメントの第一号になる――。夜空をキャンバスに、流れ星で夢を描く。それが人工流れ星ベンチャー『ALE(エール)』の岡島礼奈の願い事だ。

人工の流れ星?

岡島の仕事は、人間の手で流れ星をつくること。まるでマンガや絵本の中に出てくるような出来事を、彼女は本気でつくってきた。誰もがそのアイデアを聞いた時「それは、SF映画か何かに影響を受けた、たとえ話かい?」と思ってしまう。しかし、そうして耳を疑う多くの人々が、その目に岡島のつくった流れ星を焼きつける瞬間が、もうすぐそこまで近づいているのだ。

冒頭のアナウンスは、岡島が実現を目指している『Sky Canvas(スカイキャンバス)』が東京で実現した七夕のことをイメージして書いたものだ。ALEは2018年のサービス開始を目指し、様々な実験を重ね、着々と準備を進めている。

「私たちの事業では、人工的につくった流れ星の“もと”である『流星源』を地球へ“流す”ことで、人工の流れ星を実現します。流星源をたくさん人工衛星に搭載し、宇宙空間へとロケットで打ち上げます。人工衛星は地球の軌道を回り、要望があった場所と時間に、流星源を流します。流星源は大気中でプラズマ発光し、地上からは明るい流れ星に見えるという原理です」

ALE代表 岡島礼奈

そもそも流れ星、『流星』とは、宇宙を漂っている“塵” が地球へと近づき、高度100キロ付近の大気圏に高速で突入してくる際に高温で発熱、発光し、光が流れたように見える現象だ。流星の中で、とくに明るく発光するものを「火球」、サイズが大きく、燃え尽きないままに地上に落下するものを「隕石」という。

人工の流星は、大きすぎても危険であり、逆に小さく、発光しなければ、目に見えない。ALEはすでに人工の流星を、大都市圏でも目に見える明るさで輝かせることに実験で成功している。物体が大気圏に突入する模様をシミュレーションする実験を大学との共同研究により、宇宙航空研究開発機構「JAXA」の施設を用いて行っており、北極星よりも明るい「マイナス1等星」を実現しているのだ。

「一番重要な要素技術である流星源が実用に耐え得ることが実験で証明されたので、今は実際に乗せる人工衛星の製作、人工衛星に乗せるための装置の開発・設計および準備を行っている段階です」

岡島は、2020年の東京オリンピックを、この新しい流れ星の天体ショーを世界中の人々に見せることができる絶好の機会だとも意識しているという。

数百年続く宇宙規模の「祭り」を

「私たちは人工流れ星を、壮大なエンターテインメントにしたいと思っています。日本の花火に長い歴史があるように、流れ星を楽しむことを何百年も続くエンターテインメントにしたい。それが私たちのプロジェクト『Sky Canvas Tokyo』なのです」

岡島の視線は、人工流れ星で、天然の流れ星以上のエンターテインメントをつくりあげるところに向けられている。たとえばALEの人工流れ星には色をつけることができる。流星源に使う物質に変化を加えることで、ブルーやオレンジ、グリーンなど、流れ星の発光色をコントロールすることが原理的には可能だ。さらに人工衛星を複数、軌道上に配置し、流星源を放出するタイミングや方向を微妙に調節することで、夜空の左から右へ、右から左へと、自由自在に流れ星を流すことも視野に入れている。そして、人工流れ星は天然の流れ星よりもゆっくりと時間をかけて流れるのだという。

Sky Canvas イメージビジュアル

「偶然流れる天然の流れ星は、多くの場合、ふたつ以上の流れ星を同時に目撃できるのはまれです。歴史的な数と輝きが記憶される2011年『しし座流星群』でさえ、ふたつ以上を同時に見られることは珍しかったのです。私たちは現在、一度に5個、10個という流れ星を流す技術を開発しています。さらにはアーティストのアイディアを元に、複数の流れ星が螺旋状に流れるようにみえる演出も検討しています。実現すれば、誰も見たことのない景色をつくることができるんですよ」

流れ星が見える範囲は直径200キロメートル。関東地方であれば3000万人の人々が目撃できる天体ショーになる。

「私は“お祭り”をつくりたいんです。好きな人と流れ星を見たり、様々なアート作品が生まれたり、さらには新しい物語がそこから生まれていく。そうしたエンターテインメントをスカイキャンバスプロジェクトで実現したい。流れ星が流れる時間を、東京にいるみんなで共有するイベントにしたいと考えています。コンサートや舞台芸術、テーマパークなどを中心に、様々なアーティストとコラボレーションし、流れ星を楽しむことをひとつの大きなイベントにして世界中に発信したいんです。『日本から面白い花火持ってきたぞー』なんて言って」

彼女は世界で最初の「宇宙の花火師」になろうとしている。そのビジネスモデルは、この地上のいかなる職業や起業と異なる。

「一般的な起業には“定石”とされるものがあり“初期投資は少なめのほうがいい”、“定期的な収入は必要”、“コストは削減を”と言われます。私たちのビジネスモデルは見事にこれらの定石にあてはまっていないんです(笑)。開発費は莫大ですし、流星源や放出・供給装置を宇宙へ飛ばすためにも数億円の初期投資がかかります。売り上げも、今はまだ予測しかできません。でも私は、そうした計算のしようの無さこそが、このビジネスの魅力だと思っています。裏も表もなく面白い。大空にたくさんの流星が流れる景色に、心からワクワクできる。それが私たちの事業なんです」

アーティストとの連携は不可欠(この作品は三嶋章義氏によるもの)

岡島は宇宙の“玉屋”。宇宙を舞台にしたお祭りをビジネスにすることを選び、流れ星をつかって、本気で宇宙の花火師を目指す起業家が、今の日本にいるのだ。


<後編に続く>

取材・テキスト / Akihico Mori
写真 / 小林 鉄斉


株式会社ALE
http://www.star-ale.com/

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