前編を読む

毎年、さまざまな天体ショーが世間を賑す。ふたご座流星群、しし座流星群、皆既日食…ふだんは宇宙の出来事になんてまるで興味がない人も、夜の天気が気になって、スマートフォンのアラームをセットしたりする。

「あっ、流れ星」――流れ星を見つけた時の感動は、子どもの頃からずっと変わらない。流れ星には、人を感動させる普遍的な何かがある。岡島の起業も、そんな流れ星の感動から始まった。

しし座流星群が教えてくれた、流れ星のつくりかた

岡島が東京大学理学部天文学科を卒業し、大学院に進んでいた2001年、しし座流星群が夜空を彩った。それは岡島の人生に流れた、もっとも大きな流れ星だった。

「当時、天文学科にいた私は、友達と一緒に、しし座流星群を見ていました。このしし座流星群は本当にすごかった。雲の中に入っても、雲が輝くほどに光を放つ『火球』と呼ばれるほどの流星がたくさん流れました。そのときに私は何気なく『流れ星って、小さな塵なんだから、人工的に塵をつくって流しても、流れ星になるんじゃないかなあ』と友達と話していたのです。今のALEの事業の種となるアイデアでしたが、当時はそれをビジネスにして起業するとは思ってもいませんでした」

岡島は東京大学の大学院で、天文学を専攻し「観測的宇宙論」を研究していた。中でも彼女が挑んだのは、宇宙の「膨張」について。宇宙はビッグバンによって生まれ、今もなお膨張し続けている。この膨張が、加速度的に大きくなってゆくか、あるいは一定の大きさになり、縮小するのか。はたまた、ある一定の大きさになったときに、そのままの大きさで留まるのかを予想するという壮大な研究だ。

学生時代の研究教科書

同領域の研究では、カリフォルニア大学バークリー校のサウル・パールムッター教授ほか3氏による「遠方の超新星爆発の観測による宇宙の加速膨張の発見」が著名であり、彼らは2011年のノーベル物理学賞を獲得している。そう聞けば華やかな研究領域だが、実際の研究風景は、ただひとりコンピュータに向かってデータを解析し、理論を証明するという孤独なものだった。

「研究者という人種は、寝食を忘れて自分の研究に没頭している人ばかりです。彼らは大学の講義の合間の休憩時間も、ずっと研究の話をしている。学会に行けば、他の研究者と徹夜でディスカッションするのが楽しみです。一方の私といえば、学会の楽しみは研究よりも“食べ歩き”。学会は国内外の地方都市で開催されることが多いので、研究者にとってはちょっとした旅行なんです。

その土地の名物を友達と探して、食べ歩いたりするのが大好きでした。でも、本当に研究者に向いている人はそんな食べ物なんてどうでもよくて…(笑)。天文学は本当に大好きだったので天文学の博士号も取ったのですが、自分は研究者には向いていないなあと思って、就職の道を選びました」

研究者として生きる道を断念した岡島。卒業後、ゴールドマン・サックス証券戦略投資部に就職する。天文学とはほど遠い、投資先の会社を成長させて収益をえるという投資を行う業務に従事していた。岡島と天文学を繋ぐ糸は、切れたかに見えた。

「エンターティメント」が新しい科学をつくる

再び岡島と流れ星を繋いだのは、今もALEの事業において重要な役割を担っている人工衛星だった。それも重量100キロ以下の「超小型人工衛星」の開発を手掛ける東大発ベンチャー「アクセルスペース」との出会いだった。

アクセルスペース案内パンフレット

「ずいぶん回り道をしたのですが、やっぱり人工の流れ星をつくってみたいと思い続けていて、2009年頃に、アクセルスペースに相談しに行ったんです。そもそも宇宙から人工の流れ星を流すことはできるんでしょうか?ぜひやってみたいんですが、と。すると窓口に出て来た方が、『私もそれと同じことを学生の時に考えていて、ビジネスプランを考えたことがある。これ、やりたい!』と言ってくれたのです。

ALEは私の貯金で起業した会社なので、事業をやるにもお金はありませんでしたが、窓口の方や、その方にご紹介頂いた大学の先生たちと、気持ちだけで『とにかく研究を進めてみようか』ということになりました。そうしてALEのプロジェクトは私たちの共同研究として細々と始まりました。流れ星として光らせるにはどんなエネルギーが必要なのか、そもそもどんな光が出るのか、と様々な研究を進めていきました。そうして2011年9月に株式会社ALEを設立しました」

こうして始まった岡島の人工流れ星の開発は、エンターテインメントだけではなく、様々な科学的研究に貢献する可能性を持っている。「天文学の可能性を、ビジネスから広げていきたいんです」と岡島は話す。

たとえば流れ星が流れてくる超高層の大気における物理学の先端を切り拓くための研究。役目を終えた人工衛星などの様々な人工物は、大気圏に再突入させて燃やし、廃棄するが、その際に安全に廃棄するための予測に用いるデータが収集できる。さらには宇宙の謎を解明する手がかりすらも持っているという。

「流れ星は、謎だらけなのです。まず天然の流れ星がどこから来て、何でできているのか、その多くのことは、まだ分かっていません。しかし私たちの人工流れ星は、大気圏へ突入する入射角、速度、成分が明確に分かっています。これらによって得られる観測数値を“ものさし”にすることで、流れ星がどのように流れ、物質がどのように発光するのかといったメカニズムが解明できる可能性があります。それらの研究が進めば、太陽系そのものがどのような物質の分布によって構成されているのかが分かり、『物質の地図』をつくることができる。一説によれば、地球の生命が宇宙から来た、生命の起源が宇宙にあるという説がありますが、流れ星の中に含まれる有機物の存在を、その輝きから解析することで、私たちが地球に来る前の、遙かなる宇宙の彼方の故郷すらも分かるかもしれないのです。

こうした研究は、アカデミックの世界では研究資金面でのハードルが高い。そこに私たちはビジネスを融合させることで、エンターテインメントだけではなく、新しい研究へのアプローチをも生み出そうとしているのです」

こうした可能性に共鳴した様々な研究者がALEへ自然発生的に集まってきた。技術協力を行うアクセルスペースのほか、人工流れ星システムのコンセプトを検証し、流星源の軌道計算などを担当する首都大学東京システムデザイン学部航空宇宙システム工学コースの佐原宏典教授、衛星に搭載する様々な装置のエンジニアリングを担当する帝京大学理工学部航空宇宙工学科・渡部武夫講師、小惑星探査機「はやぶさ」の小惑星探査プロジェクトメンバーで、流星源の研究を行う日本大学理工学部航空宇宙工学科・阿部新助准教授らがALEの技術開発を支えながら、それぞれの研究を追求している。

流れ星は、遥か宇宙からやってくる、メッセージだ。ALEの人工流れ星の開発は、そこに書かれた文字を読み解く科学をもつくってゆくことができるのである。

流れ星の数だけ、願いを。追いかけ続けた壮大な夢

ALEの技術的な可能性が確固たるものになるにつれ、事業化のメンバーも集まり始めた。例えば、スカイキャンバスプロジェクトに参画している大月信彦氏は、ネットベンチャーの広告部門の立ち上げ等のエンタメビジネスの経験を活かし、スカイキャンバスのビジネス化の絵を描いている。オフィスに作品を提供している三嶋章義氏(前編参照)は、分野を問わず活躍しているアーティストだが、プロジェクトの魅力を伝えるロゴ・資料や、オフィスのデザインまでも手がけている。

今、ALEには科学者とエンターテインメントの第一線で活躍している人々、そしてアーティストが集まり、眼前に広がる夜空に、大きな未来を見つめている。

「たくさんの仲間とともに研究と事業の両輪を回しながら、ALEは前進してきました。スカイキャンバスも、私一人では決して浮かばないアイデアでした。関わってくれている科学者やアーティストとともに考えて、少しずつ形にすることができた。最初は東京で実現したいと思っていますが、いずれは『スカイキャンバス・ドバイ』、『スカイキャンバス・ニューヨーク』など、スカイキャンバス自体が、夜空を彩る“動詞”のような存在になってほしい。流れ星を楽しむ言葉として世界中で使われるような。そんな未来を、夢見ています」

ALEのもとでは、科学とアートと宇宙が、これまでにない繋がり方をし始めている。ALEの流れ星が空を彩るとき、世界中の人々が、これまで地球で誰も見たことのない星空と出会う。そして宇宙科学者が、宇宙の不思議を明らかにする。

流れ星のもとに生まれた、まったく新しいこと、見たことのないものを生み出す繋がり。それをつくるのが、ALEの仕事だ。


<終>

取材・テキスト / Akihico Mori
写真 / 小林鉄斉


ALE公式サイト
http://www.star-ale.com/

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